9- 一般財団法人 日本学協会
                       

『日本』令和8年4月号

 斬首、出稼ぎ戦争の時代に女性首相への期

 宮地 忍 /元名古屋文理大学教授


高市早苗首相の自民党が、二月八日投開票の総選挙で四百六十五議席のうち三百十六議席を獲得。日本維新の会の三十六議席と合わせて与党三百五十二議席(七五・六%)の圧勝で、力強い船出をした。ロシアによるウクライナ侵攻が続き、中国も台湾の武力併合を公言、米国とイスラエルが連合してイランを攻撃する世界情勢の中、初の女性首相である高市首相には、安定した世界の回復に努めて頂きたい。高市首相は、「女性だから、男性だから」と区別することは嫌いだとされているが、中途半端な妥協を排するのは信念を持つ女性の特徴とも言える。卑弥呼以来の女性指導者に期待したい。


斬首作戦で始まった米国のイラン攻撃

米国は二月二十八日、イスラエルと連合してイランを奇襲攻撃。最高指導者のアリ・ハメネイ師など約四十人を殺害した。ハメネイ師の娘や孫、革命防衛隊司令官、国防軍需相、軍参謀総長らも死亡、一般市民約二百人も犠牲になったという。対するイランは、中東周辺国の米軍基地を攻撃、石油輸送の要衝・ホルムズ海峡を封鎖して反撃を続ける。

米国は、イランの核開発中止を求めて交渉を続けており、突然の軍事行動は国際法違反と言える。ドナルド・トランプ大統領は、インターネット通信で「ハメネイ師は史上最も邪悪な一人」との書き込みを行ったが、相手国の指導者を狙い撃ちする「斬首作戦」ではあった。同じく斬首作戦として、米国は一月二日には南米・ベネズエラを軍事攻撃、ニコラス・マドゥロ大統領夫妻を拉致、拘束している。

相手国の先制攻撃に対する自衛権の行使、国連安全保障理事会の決議に基づく強制措置以外の戦争は、国際法違反とされているが、斬首作戦を伴う戦いは、戦争の様相をも変えてしまう。特定の人物を狙い撃ちにするためには、事前の情報収集、行動監視が必要になるが、殺害行為を軍ではなく、情報要員やお雇い暗殺者に委ねることもあり得る。戦闘とテロが混在する、陰惨な戦争とならざるを得ない。

発展途上で、支配者が私利私欲、強権発動に走る国も確かにある。中国、北朝鮮を含め、こうした国々で民衆が立ち上がり、国内紛争となった時には、一国ではなく、協調できる諸国、国連などを通じて介入すべきだろう。


軍事会社や出稼ぎ兵に頼る侵略ロシア軍

同じく戦争の概念を変えるものが、ロシアによるウクライナ侵略であろう。ロシアでは開戦当初、ワグネルなどの民間軍事会社が重要な位置を占めていた。これら軍事会社を含むロシア軍は、占領地で虐殺、強姦、子供たちの強制連行などを行い、ウラジーミル・プーチン大統領らには国際刑事裁判所から逮捕状が出ている。ウクライナ侵略のロシア軍には、一万三千人と言われる北朝鮮兵や、アフリカ出身者も加わっているが、これらは高給目当ての出稼ぎと言える。月額三千ドル(四十七万円)とも言われる俸給は、北朝鮮兵の場合は個人には渡らない。戦争がテロを伴い、商売人が前線に行く、新たな混迷の世界が広がろうとしている。

斬首作戦は、ロシアによるウクライナ侵攻の際にも計画があったとされる。ロシアは、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領の暗殺による親露政権の樹立を計画したとされるが、ウクライナ軍の善戦により、実現しなかった。


主張が変転するトランプ大統領の自己顕示

トランプ大統領は、昨年一月の二期目就任の前後から暴論・暴挙が激しくなっている。就任と同時に、落選した二〇二〇年大統領選の際に連邦議会議事堂に乱入していた支持者約千五百人に恩赦を与えた。対立する民主党の知事州には、違法移民の取締りを名目に移民税関捜査局(ICE)の武装職員を送り、一般市民の射殺事件も起こしている。「米国第一」を旗印に、世界保健機関(WHO)や地球温暖化対策の「パリ協定」から離脱、デンマーク領のグリーンランドやパナマ運河の領有も主張している。

その主張は、質疑を伴う記者会見などだけではなく、インターネット通信で一方的に行うことも多く、内容もコロコロと変わる。ロシアによるウクライナ侵略については、「二期目の大統領就任から二十四時間以内に終わらせる」と言っていたものが、「六か月はほしい」となり、現在では侵略領域のロシア割譲を認める動きになって来ている。今回のイラン攻撃も、「四週間で終る」と書き込みを行っているが、「長期戦もある」とも発言。その内容は、定まらない。

自己顕示も激しく、「ノーベル平和賞がほしい」と公言しているほか、ワシントンの総合文化施設「ケネディ・センター」を「トランプ・ケネディ・センター」に改称させた。私邸があるフロリダ州の「パームビーチ国際空港」は、「ドナルド・J・トランプ国際空港」と改称させる見込みだという。

国際協調には関心が薄く、「国際法など必要ない」と言い、「法の支配」という民主主義の基本に背を向ける。通商交渉の手段としての「相互関税」導入では世界を混乱させたが、二月に米連邦最高裁判所が違法との判決を下したことは、トランプ大統領退陣後の米国復調に期待を持たせるものだった。

中国も、南シナ海で浅瀬を埋め立て領土・領海を主張、発展途上国を開発融資の美言で誘って縛り上げ、膨脹の歩みを止めない。台湾の武力併合も公言、高市首相の「軍事行動は日本の存立危機事態になりうる」との国会答弁に反発。訪日観光の抑制、レアアース(希土類)の輸出禁止などで圧力を加えている。


過度な刺激は避けつつ法治の原則を貫こう

国連安保理の常任理事国でもある国々による領域拡大、法の無視、異形の戦争に、日本はどのように対応すべきか。異常性格のような指導者の米露に、一国で立ち向かう必要はないだろう。異常性格者を刺激すれば、反発を生み出す危険がある。ダメなことはダメと原則は守りつつ、民主主義を共有できる諸国と緩やかに連帯、国際秩序の再建を静かに訴え続け、その時が来るのを待つべきだろう。

信念は貫くが、主張は適度に。これは日本の文化であり、高市首相の姿勢とも言える。日本は、魏志倭人伝による卑弥呼(姫御子、一七〇年ごろ―二四八年)の時代以来、王、天皇を諸豪族が共立する文化を持って来た。時に争いはあるが、共立した王、天皇の下でのことであり、国家態勢全体が揺らぐことはなかった。現代で言う民主主義の源流でもあるだろう。

究極の争いを避けるためには、律令、法も大切にした。明治以降では、大津事件(明治二十四年、一八九一年)を契機に、司法の独立が確立されている。大津事件は、当時の大帝国・ロシアの皇太子が艦隊を率いて来日中に、街頭警備の巡査にサーベルで斬り付けられ負傷した事件である。ロシア側は極刑を要求、開国間もない日本に「ロシアが攻めて来るかもしれない」と激震が走った。明治政府は、皇室罪で死刑を求刑するよう検事総長に命じた。だが、大審院院長(最高裁長官)が「外国皇族に関する規定はない」として、刑法による謀殺未遂罪で無期徒刑(無期懲役)の判決を下した。以降、現代に至るまで司法の独立が揺らぐことはなかった。

揺れ動く国際情勢の中、政界の卑弥呼とも言える女性首相が出現したことは奇跡でもある。高市首相には、法治、民主主義の発信を続け、国際情勢を再び好転させる静かな力を発揮して頂きたい。