9- 一般財団法人 日本学協会
                       

『日本』令和5年7月号

 海洋国家日本の課題

 仲田昭一 /水戸史学会理事


七月は海の月間

「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国家日本の繁栄を願う日」として平成八年に「海の日」が制定され、同二十九年には、七月が「海の月間」とされた。われわれは昔から外国からの文化の伝来をはじめ、人の往来や物の輸送、産業、生活などの各分野にわたつて、海に深くかかはつてきた。昨今は、ウォーターフロントが開発・整備され、マリンレジャーが広く普及するなど、海を利用する機会が多様化した。

一方で、地球環境保全の観点からも海の役割が一層高まつてゐる。森を育て、川を保全し、海に豊富な養分を注いで漁業を盛んにする自然の循環作用を再確認したい。自然への畏敬の念の欠かせないことはもちろんである。「海の月間」を機に、海洋国家としての日本の課題を考へてみたい。


領土への関心を高める

四方を見渡せば、北は国後、択捉、歯舞、色丹の北方四島は、もともと日本の領土である。大東亜戦争後のサンフランシスコ平和条約において、北千島列島と南樺太は放棄を余儀なくされたが、北方四島は対象外であつた。それをソ連、そしてロシアが不法占拠し続けてゐる。今日では、北方四島への軍事基地の増設などで不法占拠の既成事実を積み重ねて、返還の意思は全く見られない。先に見られた安倍晋三首相とプーチン大統領との蜜月と思はれた姿は、プーチンの欺瞞(ぎまん)であつた。しかし、諦めてはならない。あらゆる方策を練りながら、粘り強く返還要求の声を上げ続けることである。

西は竹島問題。日本政府は国際裁判所の裁定を待つ姿勢であるが、竹島は日本古来の島である。二〇一二年、韓国は李明博大統領の上陸といふ実力行使にでた。日本政府は、これに明確に対抗できず、以後、韓国民間人等の上陸が今日も続いてゐる。政府はこれまで、韓国のこの不法行為を覆すだけの努力を行つてゐない。本気で解決に当たる覚悟があるのかが、試されてゐる。

南は、習近平国家主席が執拗に侵攻を窺ふ尖閣諸島問題。習主席は、一つの中国として台湾侵攻を狙つてゐるだけに深刻な問題である。自由主義陣営にある台湾が併合されればどうなるかは、香港の例を見れば明らかである。政府は、台湾有事に備へ、この三月、与那国島へ自衛隊を配備した。昨年十二月には、「安保三文書」を閣議決定した。いづれも、戦争への抑止力である。いづれにしても、国民は「自国の領土は自分が守る」との決意を明確にすることが重要である。

ただ、有事への備へは当然であるが、有事にさせない手段は他にはないのか。外交も、聴く耳を持たない相手には効果を挙げえない。主義主張を同じくする関係各国の提携で、互ひに牽制しあふバランス体制を構築する必要はあらう。そのための集団安全保障である。


アジアの中の日本「大東亜会議」

日本は、かつて東洋の海を共にするアジア諸国の、植民地からの解放を目指した。大東亜戦争も熾烈(しれつ)さを増した昭和十八年十一月五日と六日の両日、タイ、ビルマ、自由インド仮政府、フィリピン共和国、中華民国国民政府、満洲国、日本の代表が東京へ参集して、史上初のアジアの首脳会議サミット「大東亜会議」が開かれた。大東亜各国が、相提携して大東亜戦争を完遂し、大東亜を米英の桎梏(しっこく)から解放してその自存自衛を全ふし、大東亜における新しい諸国家間の秩序建設の諸原則を確立することを期したのである。安倍晋三元首相が提唱した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」は、これと同様な構想である。ただこの時、日本の進出の在り方に疑問と警戒を抱く国もあつたことは忘れてはならない。

このアジアとの連携に関して、永くアジアの歴史を研究してきた市村真一博士は、その著『日本とアジア』の中で、国家の存立について重要視すべき要件三点を次のやうにあげてをられる。「国家成立の絶対条件の〝国民の統合〟を失はぬためには、多様な人種や宗団は、自らの社会信条・宗教信条・政治目標等を頑固に主張しすぎず、自制すべきである。だが、もし彼らが妥協しなければ、国は分裂する他はない」「指導者は、時に一国の国境領土を確定し、変える勇気を持たなければならない」「政治指導者には、内紛を止め経済発展に転ずる歴史的時機を計慮する英断が要る」と。

独立自存を実現したアジア諸国であつたが、現在も続く諸国内の対立や内紛を見ると、政権の安定化は難しい。日本は、これら諸国の特殊事情を慎重に勘案しながら支援を続けることである。


世界の中の日本「広島サミット」

先の五月十九日と二十日にわたつて、日本、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、カナダと招待国家を含む先進七カ国首脳会議の広島サミットが開催された。各国の思惑を超えて、自由主義国家間の団結を図り、世界の平和を維持しようとするものである。加へてグローバルサウス(南半球を中心とする新興国・途上国)との、より創造的なアプローチがなされ、その重要な役割が日本とインドに求められた。かつてのアジアを中心とした大東亜会議と異なり、世界の中の日本を示すものである。関係諸国の両国への期待は大である。

かつて高坂正堯氏が、『海洋国家日本の構想』の「増補版へのあとがき」で、「世界の中の日本として考え、アジアとの地理的近接性ゆえに、アジアと日本の関係を特殊なものと考えてはならない」と訴へた。それを実現すべく、サミットの議長国として尽力した岸田文雄首相の意欲は、十分に感じられた。

また、広島サミットに参加した各国の首脳は、被爆関連の場に臨んでいかなる感慨を抱いたのであらうか。ロシアは、核兵器使用を盾にして、ウクライナ支援国家を威嚇(いかく)してゐる。核兵器が、自己主張に大きな力となることをあらためて示したが、使用には至つてゐない。核保有が、抑止力になつてゐる証拠でもある。悲しいかな、一旦生み出された核兵器の廃絶は不可能である。「核廃絶」は願ひではあるが、叫びで満足する傾向にある。

しかし、戦争は起してはならない。誰も望まないはずである。映像で流されるウクライナの悲劇を拡散させてはならない。


平穏な海を目指さう

この時期、西安で「中国・中央アジアサミット」が開かれた。反広島サミットといふ。アフリカ諸国も、習政権に狙はれてゐる。集団安全保障体制の構築は、自由主義・全体主義両陣営にいへることであり、このための双方の対立は絶えない。本来は、国際連合が世界平和の実現に寄与すべきはずであつたが、ロシアへの制裁一つをめぐつても対立してゐる。大国の拒否権の威力と無力な国際連合の実態を示すだけである。大国のわがままがまかり通る実態は、残念ながら今後も不変と思はれる。

このやうな中にあつても、我が国は、明治天皇の御製「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ」に込められた精神の実現をめざして、日々世界に向けて呼びかけを続けなければならない。それが、これまで「四海波静かなり」に努めてきた日本の姿である。