9- 一般財団法人 日本学協会
                       

『日本』令和5年12月号

西郷隆盛の残した教え

 三浦夏南 /ひの心を継ぐ会会長


十二月七日は西郷隆盛の誕生日です。彼の幕末維新期の活躍はあまりにも有名であり、皆さんも学校の社会の時間に勉強したその英雄的活躍ぶりが記憶に残っているのではないでしょうか。それももちろん素晴らしいことです。しかし、皆さんは西郷の活躍の背景にある考え方を知っていますか。彼がどんな考え方を持って幕末の大事に立ち向かったのか、このことを知らないと西郷は昔の偉人で天才だったから大事が為せたのであって、現代の我々には無関係な過去の伝説ということになってしまいます。

幸運にも西郷の考え方を知るには『西郷南洲翁遺訓』という、後世の我々のために残した教えの言葉があります。これを読み進めることで、少しずつ西郷の考え方に近づいて行くことが出来ます。それでは試みに一つ読んでみましょう。


忠孝仁愛教化の道は政事の大本にして、万世に亘(わた)り宇宙に弥(わた)り易(か)う可(べ) からざるの要道也。道は天地自然の物なれば、西洋と雖(いえど)も決して別無し。^

分かりやすく言い換えると、「君主に忠義を尽くし、親孝行を忘れず、仁愛を他に施し、教え導き感化することは、政治を行う根本土台であって、いつの時代でも、世界のどこであっても変わることのない人の道の要になるところである。人の正しい生き方は、神様が人に与えた自然な生き方なので、それは西洋であっても、日本であっても決して変わることはないのだ」という教えです。

西郷隆盛の考え方は、人としての道徳的な生き方を大切にする、地味で堅実な思想です。現代の人は自分の幸せばかりを求めますが、そこに人の本当の幸せはありません。君主、祖先、親と言った自分達が生まれてきた根源である人々の恩に感謝し、その人々の慈愛の心を、今度は自分の仁愛の心として周囲の人々に分け与えて行くこと、このことからしか本当の幸せは得られません。なぜならそれは、神様が我々人間に与えてくれた自然な生き方であり、この生き方は世界のどこでも通用する普遍的な生き方だからです。

西郷隆盛が重んじた忠孝仁愛の心、これこそ海外の人々が称賛した日本人の美徳であり、我々が忘れてはいけない大切な心です。逆にこれを失ってしまって外国の真似ばかりをしていると、却って外国の人からは冷ややかな目で見られることになります。西郷が西洋でも日本でも変わることがないと最後に言ったのは、このことを我々に教え諭すためだと思います。

次にこんな言葉もあります。


政(まつりごと)の大体は、文を興し、武を振い、農を励ますの三つに在り。其の他百般の事務は、皆此の三つの物を助(たすく)るの具(ぐ)也。(後略)

分かりやすく言えば、「政治で大切なことは、学問、軍事、農業という国家の根本となる仕事を励まして盛んにすることである。外の様々な仕事はこの三つのものを助けるためにあるのだ」という教えです。

現代の社会を見ると、お金を稼げて生活できれば、何をやっても良いという考えが強いように思います。しかし物事には必ず優先順位というものがあり、国家の根本の仕事であるこれら三つを後にすると、日本は自立できない海外頼りの情けない国になってしまいます。学問とは人としての生き方、「道」を学ぶことです。軍事がなければ、大切な人を守れません。農業をしなければ、生きるのに不可欠な食を海外に依存することになります。

しかし、今の日本は一次産業をする人が全体の一割しかいないことからも分かるように、大切な仕事を外国に頼り切りです。その反対に三次産業のサービス業は半分以上を占めています。これで本当に我が国は大丈夫なのでしょうか。国家社会の為に我々はどんな責任を果たすべきか、そのことを考えて仕事を選んで行かねばなりません。

今回はこれだけしか紹介できませんが、ほかにも素晴らしい教えがたくさんあります。これを機会に西郷隆盛の残した言葉を学んでみてください