『日本』令和8年8月号

八月号巻頭言「後醍醐天皇御製」解説

今上陛下は令和三年の誕生日を控へて、記者会見に臨まれ、皇室の在り方についての質問に対して、「皇室の在り方や活動の在り方や活動の基本は、国民の幸せを常に願って、苦楽を共にすることだと思います」と言はれ、今年の訪欧に際しても同様のことを述べられた。それは「八紘為宇(はっこういう)の詔勅」を始め、歴代天皇が機会あるごとに示されてきたことである。巻頭言に掲げた後醍醐天皇の御製もその一つである。

後醍醐天皇は理想の時代と考へられてゐた醍醐・村上天皇の時代、すなはち天皇親政の復活を目指され、人々もそれを期待したことは、虎関師錬の『元亨釈書(げんこうしゃくしょ)』に記されてゐる。

ところが後醍醐天皇に対しては、『太平記』や『梅松論』が暗君と評して以来、それが長らく定着してしまつたのである。

その評価を変更せしめられたのが、昭和九年に発行された平泉澄博士の『建武中興の本義』であつた。博士は批判の根本である失政について、『太平記』などの批判は当らないことを論証され、天皇の聖徳を明らかにされたのである。

しかるに戦後は再び暗君論が瀰び ま ん 漫してゐる。しかし天皇の御聖徳は、この御製により明らかである。

『平泉澄博士神道論抄』(錦正社刊)所収の「後醍醐天皇の聖徳を仰ぎ奉る」を読んでもらひたい。

(堀井 純二)