『日本』令和8年10月号
自衛隊が直面する「新しい戦い」への転換とは
桜林美佐 /防衛問題研究家
「令和八年熊本地震」が発生
私は昨年の夏から熊本暮らしをしていましたが、今年七月二十八日、東京に戻るための引っ越し準備中に「令和八年熊本地震」が発生しました。最大震度は7で、私の住まいは震度5ではありましたが、壁につかまって何とか立っていたような大きな揺れでした。
自衛隊は即座に動き始めました。偵察のためのヘリや戦闘機などの航空機も飛び立ち、約一時間後には木村敬熊本県知事から陸上自衛隊第八師団長に対し、災害派遣要請が発出されるという迅速さで、本格的活動が始まりました。日頃から関係自治体と自衛隊の連携強化に努めていたことが奏功したと考えられます。
爆発事故が起きたイオンモール熊本や日本製紙八代工場で警察・消防などと力を合わせての人命救助は、天井が崩れ余震も続く中で夜を徹しての活動となり、いつ二次災害が起きてもおかしくない現場であったことが写真から窺えます。
また、発災の日の夜中二時過ぎには、第八師団隷下の第八飛行隊のヘリが民間病院の患者搬送を実施しました。これは、停電や断水が発生している病院から他の病院へ人工透析などが必要な人を運んだものです。インフラが機能しなくなった時に、こうした人々を速やかに安全な場所に移送することがいわゆる「災害関連死」を防ぐために欠かせないのです。
しかし、夜間の飛行は危険である上に、狭い地点への着陸は容易ではないはずで、高度な技術を要する活動だったことは想像に難くありません。ナイトビジョンゴーグルを着用しての活動だったと聞きます。他にも海空自衛隊の航空機や艦船がすぐに被災地に向かいました。
災害大国における国防
今回の地震が発生する前の六月には九州・沖縄の自衛隊を中心に、米海兵隊とともに島嶼(とうしょ)防衛のための大規模な実動訓練「レゾリュート・ドラゴン26」が行われたところでした。二〇二七年から台湾有事の蓋然性が高まるとされる中、自衛隊では大規模な訓練や演習が年間を通して隙間なく計画されるようになりました。そのため、例年行われていた行事やお祭りなどの中止や延期が相次ぐなど、多忙を極めているのが今の自衛隊です。地震が発生した七月二十八日は、長い演習を終えて、再び秋から始まる演習の連続に備え、つかの間の夏休みを取ろうとしていた矢先だったのです。
熊本は安全保障上、最も注目されている場所と言ってもよい場所で、最近は県内の健軍(けんぐん)駐屯地へのミサイル配備によって「熊本が標的になる」といった声ばかり取り上げられていますが、それ以前に、この地で台風や地震などの自然災害が繰り返されている現実も直視すべきでしょう。熊本は自然災害の「標的になっている」とも言え、地震だけでなく、台風や大雨の被害が毎年のように起きているということは、この地域が国防と災害のいわば二正面を一手に引き受けなくてはならない現実を示していると言えるのではないでしょうか。
九州の防人にとっては元寇の時代から大きく変わらぬ気象条件なのかもしれませんが、決定的に違うのは、現在の日本人の大部分が自衛隊の災害派遣に大きな期待をしているということです。
自然災害が起きる度に人員を引き抜くことになるのか、それとも有事が起きた場合は自衛隊の災害派遣は行わないのか、国としての判断が求められることになりますし、地方自治体や国民の意識改革が急務です。自衛隊が危険な災害現場で活動する姿に胸を打たれ心から敬意を表しますが、一方で、こうした光景は国防の任に従事する人員の生命を災害派遣の現場で危険に晒していることでもあります。命令とあれば自衛隊は従いますが、レスキュー隊員とは違い日頃訓練をしているわけではない現場に安易に派遣要請されることに、私は疑問を抱いています。
わが国における安全保障リテラシー
高市政権では自衛隊の処遇や環境改善を大きく前進させようとしていて、期待が高まります。私自身も自衛隊の人的基盤強化のための調査・研究に取り組んでいますので、諸外国と比べて自衛隊は不足の多い環境であることを痛感しています。
ただ、では日本の人々は警察・消防と自衛隊の違いを理解しているのだろうかと考えると、かなり心許(こころもと)ないと言わざるを得ません。根本は憲法に行き当たることは言うまでもありませんが、この認識が不徹底では、「自衛官の処遇を改善しなければならない」と訴えても、その真意が伝わらないのではないかという懸念が常にあります。
今回の熊本地震は、気温が四十度にも迫ろうという全国でも特に暑い地での発生であったため、鉄帽(ヘルメット)に迷彩服の重装備で活動する光景に、「せめてもう少し軽装になれないのか」という心配の声が各所から聞かれました。しかし、演習場では南西における有事対応と同じ想定で訓練を行っており、常日頃から災害派遣以上の厳しい環境に置かれていることを、私たちは見ていないだけなのです。
政府や国民が案じるべきはむしろ、南西防衛の要たる地元自衛隊を国内災害対処で疲弊させたり、本来の国防の任が緩むことのないようにすることではないでしょうか。極めて重要な課題だと思います。
自衛隊の災害派遣は最初に入り、なるべく早く撤収する「ファストイン、ファストアウト」が鉄則ですが、これを守るのは難しく、自治体側は「もう少しいて欲しい」、自衛隊側も「もっと助けたい」という思いがどうしても生まれます。しかし、その感情が国防力を低下させると肝に銘じ、本来もっと厳格にしなくてはならないのです。政治家にとっても、災害派遣の引き際の決断は選挙対策上も困難であり、誰も明確に決められない点が最大の課題です。
「新しい戦い方」とは何か
こうした中、今、防衛省では「安保関連三文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)」の改定作業が山場を迎えようとしています。二〇二二年十二月に策定したこれらは、五年ごとに見直されることになっていましたが、一年前倒しで改定されるのです。
その中で最も多く聞かれる言葉は、「新しい戦い方」です。これは則ち、人工知能(AI)の活用と装備品の無人化を意味すると理解して良さそうですが、それだけでいいのかとも思います。
確かにこれらは日本に決定的に足りない分野であり、強化は急務です。しかし、どうしても不足している部分だけに焦点が当たりがちなため、そこだけを手当すればいいと誤解されかねず、注意が必要です。
「新しい戦い」の概念が出てきた経緯は、ロシアによるウクライナ侵攻が大きな契機でした。戦場では、安価なドローンで相手の防空能力を叩く手法が主流になってきているのです。
イラン・革命防衛隊の米軍などに対する攻撃も、まさに「新しい戦い」が顕著になっています。初めにドローンなどで相手の迎撃ミサイルを消耗させ、その後、迎撃が難しい極超音速ミサイルを撃ち込むといったものです。米軍やイスラエル軍は様々な迎撃ミサイルを持っているものの、数億円の迎撃ミサイルで数百万円のものを撃ち落とすコストの問題があり、どれで迎撃するべきか分からない状況に陥ってしまうのです。最近の調査では、米軍はパトリオットミサイルの約六五%を使い果たしたと推定され、専門家の指摘によると、対イラン戦争以前の状態に戻すには、少なくとも三~五年は要するといいます。
組合せの妙
一方、こうしたハイテクを駆使した戦闘が繰り広げられている中で、アナログも欠かせない要素となっています。ウクライナでは時速百キロほども出るドローンによる攻撃を避けるためには、車を猛スピードで運転したり、全速力で駆けて逃げるしかないといいます。また、多い時で一日に百五十機も飛来するというイラン製自爆ドローンの迎撃に使われているのは、機関銃や機関砲で、第二次大戦中に米軍が使っていたブローニングM2重機関銃や、日露戦争でロシア軍が使用していたマキシム機関銃だそうです。高コストの近代兵器よりもこれらの兵器が有用で、装備面ではハイテクとローテクの共同作業となっているようです。兵士たち自身も、ゲーム機を操作する能力だけでなく、従来型の訓練で身に着けた、走る、穴を掘る、といった基礎が欠かせないのです。
AIと無人機が戦場の主役になってきていることは事実であり真摯(しんし)に後れを取り戻す努力をしなければなりませんが、まだスマホだけで戦争をすることはできず、戦争は兵士が国境をまたぎ領土を取って決するものに変わりありません。そのためには歩兵が必要であり、それを援護する火砲が必要なのです。新旧をいかに使うか、その「組み合わせの妙」こそが、今、問われているのではないかと思っています。



