『日本』令和7年6月号

六月号巻頭言 「上皇后陛下 御歌」 解説
この御歌は、上皇后の美智子さまが、昨年、上皇陛下のお誕生日に発行(岩波書店)された歌集にある。
口絵には、平成二十五年撮影といふ両陛下の「ゆうすげに囲まれて」と「御所のゆうすげ」がカラー写真で載つてゐる。夕菅(ゆうすげ)はキスゲとも呼ばれ、淡黄色のユリに似た可憐な花を咲かせ、夏の季語でもある。「三日(みか)の旅終へて還らす君を待つ庭の夕すげ傾かしぐを見つつ」(昭和四十九年)等から表題にされ、昭和・平成の未発表歌を収録されたご本である。大変好評で、私もこの歌集に慰められ、この一首に明治を偲んだ。
引用の御歌は、昭和四十五年、明治天皇をお祀りする明治神宮が大正九年に鎮座されて五十年、明治天皇の「あさみどり澄みわたりたる大空の広きをおのが心ともがな」の御製を初めて諳(そら)んじられた「かの日」の感懐を詠まれた。私も高校生の頃、「あさみどり」の御製を学び、明治天皇の気宇広大さに励まされたのを思ひ出した。明治三十七年、「天」のお題の御製といふ。理想と躍動に満ちた明治である。
その明治大帝の明治神宮は、不幸にも昭和二十年四月十三日から翌朝の東京大空襲で焼失してしまふ。それが主権回復と共に、復興の念願と勤労奉仕により見事創建当初の姿に蘇る。この御歌にはその歓びも籠つてゐる。いぢけてゐてはいけない。萌葱(もえぎ) 色する明治の精神の大らかさを称へられた気がする。 (廣瀨重見)